MVM誌ファームプレス3月号特集
          「学校獣医師の活動と喜び」より 
静岡市の学校飼育動物支援 ― 子供たちの笑顔が原動力 ― 
              静岡がっこう獣医隊代表 山田どうぶつ病院 
                              山田有仁

−きっかけ−
14年前、子供が小学校の時でした。3年生の息子が飼育当番になりました。小学校
の飼育動物、特にウサギの管理が適切でないことは感じていましたが、息子から聞か
されたことは、子ウサギが産み捨てられて次々と死んでいく、過密飼育の為けんかが
絶えず、怪我をしたウサギは衰弱していく、治療は施されないという事実でした。飼
育当番を楽しみにしていた息子やその友達はしばらくすると、動物の世話をあまり喜
ばなくなりました。そして、「今日も、生まれたばかりの子ウサギが何匹も死んだの
で、先生に言われて土に埋めた。」と、無表情で話すようになりました。「命の大切
さ」を学ぶ動物飼育が「これは違うぞ、子供たちは自分の心を傷つけたくない為に、
命を見つめることから逃げている」と危惧するようになったのです。
 獣医師の立場で、この思いを担任の先生、PTA等で訴えました。不衛生な飼育小屋
の改築、オス、メスの完全隔離、必要に応じた去勢手術などについてお願いしました
が、予算が取れないとの理由から期待した改善はできませんでした。学校が動かなけ
れば、根本的な解決にならない、予算が必要なのに、自治体は動く気配もない、動物
への愛情を育てる目的の学校飼育が逆効果を生んでいる、そうであるなら、学校で動
物を飼育すべきではないと、当時の私はそう結論付けていました。
−取り組みの決意−
H12年3月、静岡で日小獣主催の学校飼育動物講習会が開催されました。その頃、静岡
県でも学校飼育動物の管理面での獣医師や獣医師会の関わりについて議論され始めて
いました。私個人も、どのようなスタンスで関わったらよいか悩んでいた時期でした
が、中川美穂子先生、群馬県獣医師会の桑原保光先生の講演を聞き、自分の心のもや
もやが晴れたのです。
 1)学校飼育動物支援は健康管理が主目的ではなく、子供達が動物を可愛いと
感じる
心を育む為の支援である。したがって動物を子供達から引き離してはな
らない。
2)獣医師、並びに獣医師会は学校に対して圧力団体であってはならない。あ
くまで困っている学校に手を差し伸べる立場であれ。
3)学校飼育動物の健康管理・環境衛生を指導し、 子供達の動物情愛教育に専門性を
った職業人として参加できるのは獣医師に他ならない。
4)獣医師、学校、自治体で三位一体の協力体制を確立すること。そのために
は獣医
師一人一人が実績を積み重ねること。
講演を聴き終え、私は動きだす決意をしました。まず、静岡県の獣医師の意識調査、
そして、地元静岡市の小学校向けのアンケート調査を行いました。その結果、県内
7割強の獣医師がこの支援活動に協力的であることがわかりました。また、多くの
小学校が獣医師に飼育上のアドバイス、動物疾病時の治療を求めていることも知りま
した。要望があっても依頼が少ないのは、費用に対する不安、予算がないなど、金銭
的な問題が大きいことも判ったのです。
  早速、静岡市獣医師会開業部会内に推進委員会を立ち上げました。委員は6人、日
頃から気心の知れているメンバーでもあり、何度も委員会を開き活動計画を練り上げ
ました。まず、無料で診療を受けられる「学校飼育動物診療費無料指定動物病院」制
度を始めました。幸いにも静岡市内の9割に当たる26病院に同意をいただきました。
また、希望があれば学校に出向き、飼育指導や「動物ふれあい教室」を開く事を決め
たのです。
N先生との出会い−
 C小学校のN先生が救いを求めて私の病院を訪れたのはH14年の春でした。手には
息も絶え絶えの子ウサギが抱かれていました。聞けば、かってのわが子の小学校のよ
うに、ウサギが増え過ぎ、床土の中に子供を産み、死んでいってしまう。今日また、
横たわっていた子ウサギを見つけ居たたまれず、連れて来たということでした。目に
は涙を浮かべ、藁をもすがりたい気持ちが伝わってきました。私は無条件にN先生の
力になりたいと感じました。子ウサギはすぐに応急処置を施し保育器に入れ、治療を
続けることにしました。ただ根本の問題は飼育環境にあることをN先生に説明し、獣
医師会のメンバーで改善のためのアドバイスを含め、全面的に協力する事を伝えまし
た。すると、N先生の暗く沈んだ表情が一転満面の笑みに変わり、再び涙が頬を伝っ
たのです。今までN先生一人で、学校の煮え切らない対応と戦ってきたことが容易に
想像できました。私はN先生に次のことを約束しました。 
1)オスのウサギは全頭、無料で去勢すること。
2)床土はコンクリート仕上げに改修して、排水溝を設けるよう、学校に交渉してほ
しい。工事に際してのウサギの捕獲や、工事中のウサギの預かりは獣医師が協力する。
3)要望があれば獣医師が学校を訪問して「飼い方教室」を開催する用意があるので、
校長先生に検討していただきたい。
N先生は獣医師会という後押しの力を得たことで、勇気がでた様子でした。
「早速、職員会議で議題に出し、なんとしてでも改修予算を捻出してもらいます。」
そういい残すと、晴れやかな顔になって病院を後にしました。幸いにも子ウサギは日
毎に元気を取り戻し、10日間で退院できました。この子ウサギはポッキーと名付け
られ、N先生が担任の2年1組の教室内でしばらく飼育されていました。 飼育小屋
の改修工事は、N先生の粘り強い要望が受け入れられ、ほぼ実現されました。そして、
N先生と約束した事項も6人の委員の温かい協力を得て、無事に果たすことができた
のです。そして、N先生との出会いが、組織単位の活動がスタートした最初のきっか
けになりました。
 −子供達の笑顔が原動力−
C小学校の校長室を訪問して、校長と「ウサギのふれあい教室」の開催について打ち
合わせをしていた時でした。N先生が突然校長室に現れ、「山田先生、私のクラスの
子供達が山田先生にポッキーちゃんのお礼を言いたいそうです。よろしいでしょうか?」
と私に告げました。子供達からは、その前にも可愛いお礼の手紙をもらっていたので、
気持ちは通じていたし、代表の子が数人、挨拶に来たのかなと思いました。ところが、
校長室にあふれんばかりの30人にも及ぶ2年1組の子供達全員がやってきたのです。
私は驚き思わず立ち上がりました。すると子供達が、号令に合わせ精一杯大きな声で
「山田先生、ポッキーちゃんを助けてくれてありがとう。」
                  と笑顔の大合唱をしてくれたのです。

一瞬、鳥肌が立つような感覚が皮膚に走りました。感動したのです。
照れくささもありました。どう、答えていいかわからず、「ポッキーちゃんをかわいが
ってね。」といいながら、できる限り多くの子供たちの頭を撫でたような気がします。
この感情はおそらく、「奉仕の喜び」に似た感情でした。同時に、獣医師であることの
喜びでもあったのです。「何で獣医師になったのか?」その答えを教えられたような一
瞬でした。そして、この子供たちの笑顔と、この感情が、支援活動の最大の原動力にな
っていることに改めて気づいたのです。
 −「静岡がっこう獣医隊」の誕生−
 その後、C小学校と同じような事例でいくつかの小学校と交流ができ、飼育施設改
善のアドバイス、疾病治療、「動物ふれあい教室」の開催等を実施してきました。昨
年は市内の小学校教員対象の講習会も開きました。何よりも、N先生を始め多くの教
師の方々との出会いが私の大切な財産になりました。そして、H15年に静岡市内の
学校と獣医師が更に連携を深め、適正で望ましい動物飼育を実現させる目的で、静岡
市内の開業獣医師の殆どが参加する「静岡がっこう獣医隊」が誕生しました。
静岡市獣医師会は依然、自治体との連携が実現していません。要望は出していますが、
教育課は未だ動いていません。子供達から笑顔が消えぬよう行政も動き出すべきだと
思います。私の願いは、教育施設が飼育動物の管理費や治療費で不安を持たない、困っ
た時にはいつでも気兼ねなく担当獣医師に相談できる学校獣医師制度が実現されるこ
とです。そして、学校、獣医師、自治体が三位一体になり、学校動物飼育を支援する
ことが、「命の教育」を実践する必要条件であると確信しています。



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