獣医師広報板ニュース

意見交換掲示板過去発言No.0000-200403-64

re;ワクチン後の去勢手術
投稿日 2004年3月7日(日)22時12分 投稿者 わたらい

こんにちは。
このお話は、少数派であれ多数派であれ意見の差異はあると思いますが、いちがいに「こうだ」と言いきれるモノではありません。

ワクチンを打つという事にかんして、2つ問題が出ると思います。

まず、ワクチンが効くのか?について。
まずワクチンを打たれた際、患者さん自身の体内で免疫を作るための諸々の仕組みが動き始めなければいけません。
免疫応答といいます。
白血球とかリンパ球とかいわれる細胞達が関与します。
これが正常でなければ、ワクチンが「打ったのに効かなかった」という事態が発生します。
細胞単位の話なので、目に見えない、したがって後になって判るかもしれませんが、もしかしたら発見されないで終わってしまうかもしれません。
しかし、いざ伝染病の流行が起きた時には困った事態になるかもしれない問題ですね。

麻酔(特に吸入麻酔薬)の使用だけでは体内の免疫応答に異常は出ないという論文であれば、手持ちに2〜3有ります。
ただし、これに手術侵襲(侵襲というのはつまり「つつき回す事」ですね)が加われば、やはり免疫反応は弱まります。
こういう文献も、もちろんあります。
なかには麻酔薬自身が免疫細胞に刺激を与える(専門用語ではmitogenといいます)ケースもあるようです。
つまり、わざと薬で免疫力を上げて、手術で免疫を落として、プラスマイナスゼロ(?)になるという考え方が出てきます。
麻酔薬によっては免疫力は落ちるだけですから、手術までしたのであれば十分な日数を開けた方が無難・・・という事もありますし、麻酔の組み合わせ方によっては影響は軽微ということもある、と。
例えばですが、ハロタンという吸入麻酔は使用によって免疫応答が落ちてしまうそうですが、イソフルレン(今どきの主流?)ならば変化が起きないか僅かに上昇する・・・というような報告があります。
注射で使う麻酔薬の中にもmitogenとして働く事が報告された薬があります。
ケタミンなどがそうですね。
「理論と実践は違う」という事もありますし、学術的な世界のお話なので、どうかすると数年後には内容が書き換わってしまっている事もあるようですが、とりあえず、手持ちの文献を紐解くと、そういう内容について書かれています。
能書き的なお話ですが、「ワクチン+手術」という行為をしたからといって必ずしもワクチンが「効かない」という事はない、という結論が出ます。

もう一つは、手術を受けたイヌさんなりネコさんなりが発熱するなどして「具合が悪くならないか?」というものです。
これは、素人目にもよくわかってくる異常だと思います。
ワクチンを投与する事で「ストレス」が加わります。
手術をする事で同じく「ストレス」が加わります。
1+1=2というわけではないでしょうが、感覚的には、これだけで十分すぎるほどの負担を与えて患者さんを危険な目に遭わせてしまうのではないか?という懸念が生まれます。
手術で、ワクチンで、それとも両方に原因があって体調が悪化したのかどうかは日にちが近い場合など非常に判りにくいですね。

特にワクチン接種後の免疫応答については、体液性、細胞性と2種類の防御機構がありますが、体液免疫の主成分といわれるIgG抗体は接種後(感染)5〜7日目でようやく血液中に現れてきます(十分な量が存在するようになるのは3週間以上経ってから)。
細胞性免疫(こちらの方が大事だという話もありますが)についても最低で4日、無難なところで7〜14日の間にそのウイルスや寄生虫に対して攻撃性を持った細胞が出現するようになるそうです。
これらが出来上がる課程で、ワクチンを打たれた動物は熱を出したり食欲不振に陥るなど「具合が悪くなる」ことがあります。
本来ワクチンは、極稀なケースをのぞいて重篤な副作用の少ない弱毒化した病原体やその死骸を利用して作られています。
しかし、体の中で起きていることは、実際に野外で病原体の感染が起きた場合と同じ免疫応答が起きている(死なないだけ)というように思っていただいてもいいハズです。
ワクチンを打った数日後に手術をしても、手術の数日後にワクチンをしても、お互いの日にちが近ければ本来の免疫応答が「ストレス」によって干渉されてしまう可能性が出てしまいます。
「ストレス」の存在下でのワクチン接種は、本来体調に異常を来さないケースであっても異常が出る可能性を作る・・・という事が言えますね。
これはワクチンの注意書きに「具合が悪い時に打っちゃダメ」というカタチで、一応書かれてもいます。

ストレスという言葉を使いましたが、ワクチンによるストレスはどこの動物病院であっても、使っているワクチンの銘柄や種類(3種〜9種?)が同じであれば、日本全国どこに行っても同程度といえるのではないでしょうか?
ただ、去勢・避妊手術によるストレスは定量化は難しいように思います。
例えば同じ避妊手術(子宮と卵巣を取り除く)であっても、メスを入れて最後の一針を縫合し終わるまで、15分もあれば終わらせてしまう先生と1時間経っても終わらない先生がいます。
術式についても、摘出すべき対象が同じであってもかなりな違いが存在します。
実際には子宮と卵巣を取り除かない「避妊」手術をされる先生とかもおられますし・・・
手術を受けた後の回復の様子を観察して、ストレスが「小さかった」子の場合回復は早く、術後当日からでも非常に元気に振る舞うという姿が目撃されたりします。
これが、手術後3日も5日も経ってようやく食事を摂り始めるような子であれば、「十分な休養をとってから」ワクチンを接種するように思います。
このあたりが、全国あちこちの動物病院で本当に違ってしまうので、「手術をしたから・・・」といって一概に否定的に出たり肯定的に出たり出来ない理由になります。
ストレスの非常に小さな手術をしているのであれば、もしかしたら翌日や2日後、3日後のワクチン接種を行っても(全く)問題ないのかもしれません。
かなりしんどい思いをさせての手術であるのなら、絶対にやめた方が無難でしょう。
手術にかかる時間を例に出しましたが、大事なのは手術後の本人の容態です。
ひどく元気な状態であるようなら・・・?という事にしておきます。
手術後の患者さんを観ていないので。

実際の話ですが、手術とワクチンをどちらか別々にやって欲しいという事であれば、僕の病院では1週間程度の間隔を開けて実施してもらうようにしています。
一方で、手術予定のある日にワクチンを同日接種するという事も行っています。
手術の前でも後でもなく「同じ日」に行うところの根拠は、ワクチンなり手術なりであきらかに免疫力が低下しているのが判っている時に(追い打ちをかけるように)時にストレスを与えたくない・・・というほどの理由です。

(十分に)日にちをずらしてから手術とワクチンを行う場合と手術とワクチンを同時に行う場合のメリットデメリットは以下のようなモノだと思っています。

日にちをずらすメリット

それぞれ体調が「万全」な状態で処置を受けることが出来る。
(トラブルが起きにくく、異常が出ても責任の所在がはっきりする)

デメリット

何度も病院に足を運ぶため飼い主側の負担になる。
(ワクチンか手術、どちらか一方だけ終わったら病院に来なくなるケースあり)

繰り返し通うたびに「非道い目」にあわされるので動物に嫌悪ないしは恐怖のイメージを定着させてしまう。
(種類や性格によっては、来院するたびに取扱に苦労するようになる)

同日のメリット

短期間に集約して「必要な」処置をすますことが出来る。
(ワクチンや手術をすませた犬猫が増える。特に放任主義的な家庭について効果)

(特に子イヌ・仔猫の間)保定等、動物の取扱に苦労することが少ない。
(スタッフ等への怪我の減少)

デメリット

患者自身への負担が大きい。
(麻酔薬の選択や術式、獣医師の技量でカバー?)


(僕の)結論としてですが、

・ワクチン接種と麻酔、手術は内容によっては、同日に行うのは安全。
・あらかじめストレスが存在しているとわかっている時にワクチンなり手術を行うべきではない。
・手術とワクチン、間隔をあけるのであれば7日程度あけてから。

僕はこんな感じでやっています。
ちなみに、僕は早期の避妊・去勢手術に賛成派で生後3ヶ月齢から手術を行っている獣医師です。
このあたりにも、かなりな意見の違いがあります。

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