獣医師広報板ニュース

意見交換掲示板過去発言No.0000-200501-119

犬の人工授精についてですが、
投稿日 2005年1月16日(日)15時43分 投稿者 プロキオン

横レス、かつ、異論になって申しわけありませんが、この条件であれ
ば、私は依頼を受けません。

>♀の発情11日目と13日目に獣医さんに連れていけば、たいてい
 の獣医さん、やってくれると思います。

健康なもの同士であれば、この条件であれば人間が手を貸す必要を感じ
ないからです。交配ができない、あるいは交配しても妊娠が成立しない
場合に検査してというのであれば、出番があるかもしれませんが…。

そもそも人工授精と言う行為の定義がなんなのでしょう? 単に精液を
雌犬の膣内に注入するだけなら、飼い主さんにも可能だと思うんです。
採取した精液の健康度をチェックして、希釈し、保存液と伴にストロー
に移し、液体窒素内に保管して、子宮頚管を開いて子宮内に種付けする
行為が、私の考える人工授精です。
ですから、そんな設備も器具も用意してありません。「人工授精をお願
いします」という依頼であれば、はなからお断りするしかありません。

犬の場合、なぜ人工授精が普及しないかと言えば、血統書の問題がある
からです。
ストローに分注された精液であると、その摺り替えが実に容易でして、
産出された子犬の血統書の発行についてトラブルが生じる懸念を恐れて
といえます。
サラブレッドやチャンピオン犬であれば、その「種」も相当に高額な金
銭が伴いますので、人工授精ではなく、確認可能な「本交配」が求めら
れるのです。
また、それと同時に はるか昔に亡くなったチャンピオン犬の子供が、
40年50年経っても次々と生まれてきて、血統書が申請されてきたら
、一般の方かれみて血統書の信頼性が損なわれてしまいます。
だから、犬においては人工授精が望まれていないのです。ひとつのチャ
ンピオン犬の血統といえども、特定の個体で維持されているわけではな
く、作出した犬舎自体で複数の犬達によって維持されているわけです。
( 特定の個体にこだわって維持されているわけではないのです )

私が大学生の時、同級生は犬の体外受精卵移植の研究の手伝いで卒論を
書いています。みごと成功して世界で3例目の報告になりました。
しかし、それからずいぶんと久しい時間が流れたわけなのですが、その
需要が高まり、普及したかというと、そうではありません。犬の繁殖や
流通においては、そのようなことよりも、もっと確実で明確なものが求
められているように思います。

したがって、膣鏡はともかく、頚管拡張器やストローの注入器とか頚管
把持鉗子等は大抵の獣医師は用意していないでしょうし、そもそも犬用
のものって市販されているのでしょうか?
採取した精液を注射器のシリンジで吸って、膣内に注入して終わりとい
うのなら、犬同士に任せた方が受胎率が高くなりそうに思えます。

健康な犬同士であれば、犬同士に任せたいと考えますし、問題のある犬
であれば、敢てその犬の子供にこだわる必要はないと思います。
「自分が飼育している犬の子供を」という気持ちは飼い主さんとすれば
分からない事では無いのですが、犬は1頭で生まれてくるわけでもなく、
兄弟はいっぱい存在するわけなのです。弟や妹、従兄弟は、次々と生ま
れてきているはずなのです。
むしろ、大切なのは「血の繋がり」ではなく、その子と「今まで過ごし
てきた時間」の方ではないでしょうか。その想いがあるからこそ、「子
供を残したい」ということなのでしょう?

生まれてくる赤ちゃん犬は、例え血が繋がっていても、いなくても、常
に「0」からスタートしてあなたとの関係を紡いでいくのですから、一
般の飼い主さんであれば、あまり「血の繋がり」にこだわってもいたし
かないように考えます。

「今まで過ごした時間」や「その想い出」が遺伝するものではないので
すから、「新しい出合い」や「そこから始まる関係」にも、きっと素敵
な明日があるのではないかと思いますよ。


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