意見交換掲示板過去発言No.0000-200607-244
かはらさんへ〜避妊手術について〜 |
投稿日 2006年7月24日(月)15時38分 投稿者 山下 貴史
かはらさん、獣医師の山下と申します。また、管理人さん・・・難しい問題ゆえにきちんと書くべきと判断しまして・・・、ちょっと長すぎかも・・・ごめんなさい。すでに諸先生方から意見が出ておりますし、参考程度でお願いいたします。避妊手術の考え方はそれぞれいろいろですからね。なので、僕が日常の診療で話している内容をそのまま書きますが、これが正解とは思っていません。また、文中、「女の子のわんちゃん」は「メス犬」というように短く書きましたので、なんか冷たい文章になってしまったかもしれません。 <避妊したほうが長生きと今は言えるようになった> まず、今メス犬は「避妊手術をしたほうが長生きできる」ことが、統計上裏付けられています。なので「楽しく長生きさせたいならば、避妊してね」といえると思います。 <本能を押さえ込むことはどうなんだろ・・・> また、犬たちは悲しいことに究極に言えば「人と暮らすため」に生まれてくるのではありません。種を残すために生まれてきます。つまり、人と違う(人の月経も大切ですが)のは毎回の発情期が本人たちにとっては数少ない種を残すチャンスになります(初産は4歳くらいまでにすませるべきですし)。つまり必死です。そのために、食べることよりも、男の子を捜すことに夢中になることも少なくありません。しかし、現実問題、発情が来たからご自由に・・・とはいかないわけです。ゲスな言い方をすれば、性欲の強い時期に周りの魅力的なオスからの誘惑がある中で「我慢」させていることになると思っています(これは主観です)。よく「避妊すると自然じゃないから」などといわれますが、「じゃぁ、やらせてあげな」ってことです。 さらに、最近の犬は少なくとも「戌帯」の名がついた時代と違って「安産ではない」です。小型犬などは、子供全滅ならまだしも、母子ともに全滅・・・という話も聞きます。安易な素人出産は危険と認識していますし、もし生ませるならば予定日帝王切開も視野にいれることも考えます。また、出産後、子育てをしないお母さんワンコもよく見かけるようになりました。この場合は、ご家族の方が人工哺乳することになります。つまり、気楽に子供欲しい♪とか言っていられないかも・・・と。 たまに「うちの子は発情しないからいいの」って話も聞きます。しかし、普通に来るべきものが来ないのは、過剰な発情とともに卵巣機能の異常をきたしている場合もあります。つまり、避妊手術の適応になると思います。 ちなみに、基本的に犬の発情周期は死ぬまでなくなることはありません(閉経はない)。しかし、卵巣機能の異常などによって、発情周期の変化や出血等の症状の変化(量が増えたり、減ったり)は認めるようになり、これを閉経と勘違いされることがあります。 <精神的な安定を> 上の発情との絡みもあるのですが、発情やその後に起こる維持期間などに精神的な不安定が起こることも多くあります。また、偽妊娠(いわゆる想像妊娠)なども少なくありません。避妊手術後はこれらがなくなります。 <病気になりやすいから> 僕の場合、上記のことが避妊を勧めるメイン(生活の質に関わる部分)。でも、おまけ的には避妊手術後、子宮疾患(蓄膿症・内膜炎・水腫・腫瘍など)や卵巣疾患(卵巣嚢腫・黄体嚢腫・腫瘍など)、膣疾患(膣炎・腫瘍・過形成・膣脱など)、分娩に関わる病態、糖尿病などを無くせるか有意に減らすことができるのも単純に嬉しい。 そのうち、実際程度を示せる例が「乳腺腫瘍」と「糖尿病」です。 「乳腺腫瘍」は、元々女の子わんこの500人(頭)に1人で起こるといわれています。その上で、最初の発情前に避妊をするとその確率がさらに200分の1に、1〜2回目の発情の間で避妊するとさらに12分の1に、それ以降だとさらに4分の1になるということです。また、昔から耳にする「1回は生ませたほうがよい」は科学的根拠は無いものといえます。 「糖尿病」はプロジェステロンというホルモンも関与するといわれていて、犬は発情後に高プロジェステロン血症になり、糖尿病の発症や増悪に一役買っています。メス犬はオス犬よりも2〜3倍糖尿病の発症率が高くなるとされています。ですので、最近の獣医学では糖尿病の診断のついたメス犬はできるだけ避妊するようになってます。また、発情後に一過性でも高血糖になる場合は繁殖に用いないようにすべきです。 さらに(これは個人的な見解)、将来心疾患などで麻酔をかけたくない状況になってから子宮蓄膿症などを起こす子を多く見かけます。実際、子宮や卵巣の疾患(腫瘍も)は高齢になってから現れるものも多いので、そういうことも考慮しなければなりません。 <捨て犬をなくす> 最近は減ったとはいえ、今でも年間10万頭の犬が殺処分されています。もちろん全てが子犬ではないですが、重く考えるべきもの思います。 その他にも、発情出血のわずらわしさからの開放や、遺伝的な異常を素人が作るべきではない(プロでも遺伝的管理をできなくて、今アメリカでは問題になっています。日本はもっとレベル低くて、繁殖のプロといわれる人でも良心的ではない人もいます。知識の無い素人繁殖はそういう意味でも罪になることもあろうかと思います。)とかあるかと思います。 <デメリット> ちなみに、避妊手術に伴うデメリットもあります。 〜麻酔のリスク〜 かはらさんの子はフレンチブルさんですね。ご指摘の通り、麻酔の危険性は通常の犬よりは高くなるでしょう。しかし、著しく死亡率の高い犬種ともいえません。全ての麻酔は危険性があります。それらを極力減らすための努力が、麻酔前の検査、麻酔時の静脈確保、気道確保(気管挿管)、モニター(心電図・血圧・呼吸中の麻酔や二酸化炭素の濃度・血液の酸素飽和度など)、手術に従事するスタッフ数(術者・助手・麻酔係・外回りなど)などということでしょう。ちなみに、19992年のDodman先生の報告では、まったく健康な犬の麻酔での死亡率は0.11%と報告されています。(実際はもっと低いように感じています。) 〜肥満〜 昔は「避妊するとホルモンバランスが・・・肥満になる」と言われていましたが、現在はこれらは正解ではないようです。確かに避妊手術後に肥満傾向になることは分かっています。これらは、もともと卵巣や子宮の消費カロリーが15〜30%あるにも関わらず、食事量が変わらないということから来ていると考えられています。つまり、必要以上のカロリーの取りすぎ=食べすぎということです。 さらに、ワンちゃんたちはもともと(避妊手術前)性欲と食欲がその欲求の多くを占めているとも言われます。そのうち、性欲をなくしたので食事に意識が余計に向くようになってしまい、ご家族はその喜ぶ姿を見ておやつや食事をついつい与えてしまい、胃の大きさがある程度になれば満たされなくてそのまま太ってしまう・・・ということもあるようです。 避妊後の肥満のほとんどは、食事管理で防ぐことができます。 〜性ホルモン関連疾患〜 避妊をした場合に、陰部、胸、腹部の毛が薄くなることが知られています。また、ホルモン反応性尿失禁という尿道の筋肉のしまりを悪くすることも知られています。しかし、尿失禁は直後の変化ということでもなく、避妊手術そのものなのか、もともと神経的に素因を持っているのか?と避妊手術との関連を否定する話も出てきています。 個人的には、これらの発生率が避妊しないことで起こる病態よりもかなり低いので、この現象を理由に避妊しないことにはならないと思っています。 <最後に私見> 個人的には ・結局、やるやらないは自由 → 自分がいやだからやらないのか、ワンコのことを考えてやらないのかははっきりさせるべきかも。 ・長生きできる可能性を高めたいならば、行なうべき。 → メリットがデメリットよりもはるかに大きい。 → 後から子宮蓄膿症や乳腺腫瘍になっても文句言わない、後悔しない。 ・信頼できる獣医師のもとで行なう。 → 良心的な「価格」は本当に良心的なのかは分からないし、価格が安いほうが良い獣医師と呼ばれやすい現実があります。ちなみにぼったくりもいます。外からじゃわかんないけど。麻酔管理や手術手技に気を配っている獣医師は、多分聞けば「待ってました」とばかりに、自分の注意していることを長々と話してくれることでしょう。それは、自信があるからなのか、逆に麻酔がコワいからできるだけのことをしていることを表したいのかは分かりません。(ちなみに僕は麻酔コワい派です) ・性格は基本的には変わりませんから期待などしない。 → 性欲の強い場合、男の子を追っかけなくなる分だけ元気が無く見えるようになったり、逆に子供返りするように見える子はいますね♪ 長々と書いてしまいました…。普段の診療でしゃべっていることの一部なので分かりづらいこともあったかもしれませんが、ご勘弁下さい。
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