獣医師広報板ニュース

ハムスター・リスなど齧歯類掲示板過去発言No.1300-200212-83

「冬眠」という便利な言葉
投稿日 2002年12月25日(水)17時30分 プロキオン

この話をするには「冬眠」の定義が必要なのですが、残念ながら適切な定義が
ありません。強いて言えば、穴蔵にこもって姿を見せる事なく冬を過ごすこと
になってしまいそうです。
すなわち、クマのように秋うちに体に栄養を貯えて、穴の中では飲まず食わず
で一冬を越すタイプと、シマリスのように餌を穴の中の巣に貯えて、これを食
料とするタイプです。現在のところ、どちらも「冬眠」とされています。

では、自然界の中ではどちらが多数派だと思いますか? 爬虫類、両生類、そ
して昆虫の世界を覗いてみると、冬眠中に飲み食いをしない者が多数派なので
す。彼等の共通点としては、日常的には特定の巣穴をもたないところです。

つまり、シマリスのように特定の巣穴に食料を貯蔵し、これを食べて冬を過ご
すという動物の場合は、寒暖の差が少ないところで寒冷な外気から遮断されて
なおかつ、本来の1日の周期を代謝を下げて2〜4日くらいの周期で過ごすと
いう方法をとります。言葉としては、「冬ごもり」に近いかな?

ハムスターの所謂冬眠というのもこれに近いものですが、飼育下においては地
下に充分な深さとスペースが確保できないことがあります。日内における寒冷
感作が大きくなりすぎるのです。飼い主である人間が起きている間はよいので
すが、寝てしまった後に急激に冷え込んでくるという欠点があるのです。

人間は冬眠をしない動物ですが、酔っぱらって道端で寝てしまった場合を想像
して見て下さい。
外気が冷え込んで寒くなると人間は、寒さのために体が震えだして、眼が目覚
めてて事なきをえます。しかし、あまりに酔いが深くて目覚めることがなかっ
たたら、体温はどんどん下降して凍死という結果に繋がりかねません。
低体温状態に入っても、栄湯状態が良好で、脳もしっかりと低体温を認識して
これに対応する処置として筋肉を震えさせて熱を発生させることができるので
あれば、これは問題なく眼を覚ましてくれることでしょう。
しかし、ハムスターの場合は、ほとんどの場合、年齢や体力・栄養状態、飼育
環境から来ている「低体温症」が本態なのです。体が小さいために急激な寒冷
感作に遭遇すると一気に体温が下降してしまい危険な状態へと入ってしまいま
す。凍死という結末が待ち受けていることになるのです。

ハムスターが冬眠するとう説も、ゴールデンハムスターの普及といっしょに流
布されるようになった説ですが、実のところ自然界においてゴールデンハムス
ターが冬眠している場面に遭遇した者はおりません。
このハムスターがシリアの砂漠から採取されて、今全世界にいるゴールデンハ
ムスターは皆このときのハムスターの子孫ということになっています。つまり
最初の捕獲以降、彼等の捕獲例がないし、野生状態における観察例もないので
す。飼育下において冬期の低気温時に眠ったまま動けなくなる状態を所謂「冬
眠」と称したのです。ゴールデンハムスターの場合は、比較的体力に恵まれて
おり、気温が上昇するまで持ちこたえることができたので、ハムスターは冬眠
する動物ということになってしまったわけです。
むろん、ゴールデンハムスターであっても条件次第では、低体温症によって死
ぬこともあります。ゴールデンハムスターだから冬眠しても大丈夫ということ
ではありません。
体が小さく代謝率が高い動物は、失われる熱量よりも代謝率を低い状態にして
日周期を長くとるようにしてできるだけ消耗を少なくして過ごすべくしている
のです。それでも、脳は最低限のエネルギーを消費せざるをえません。冬眠し
ている期間寿命が伸びるというような現象ではないのです。生きるために消耗
をできる限り少なくしようという結果なのです。

植物や昆虫の冬越しを見てみると、生命活動の原点である細胞守るべく、グリ
セリン類似物質を細胞内に貯えます。これによって細胞障害の発生を抑制する
ようにしています。動物でも凍結精液や凍結受精卵等もこれらに似た物質で寒
冷障害から守る工夫があります。
よくSF小説に登場する「コールドスリープ」としての冬眠は、細胞レベルに
おける生命活動を停止していないとならないように感じます。植物や単細胞生
物であれば、さほど困難ではないように思いますが、脳細胞における生命活動
を停止させた状態というのは、生きていると解釈して良いのか…。たしかに時
間は止まっているとは思いますが。

話を元に戻しますと、ハムスターにおける所謂「冬眠」は、急激な寒冷感作に
よって「低体温症」に落ち入った状態であると言えます。
本来、健康で栄養状態等に問題のないハムスターであれば、自ら熱を発生させ
て体温を維持する事が可能です。これができないから低体温になってしまうわ
けですから、由々しき事態と考えるべきなのです。

ある自然界のハムスターを紹介した番組があるのですが、この中ではキャンベ
ルなのかジャンガリアンなのか、定かではないのですが、氷点下の夜の世界で
活動している姿が紹介されていました。この映像で彼等が冬眠しないというこ
とになったわけです。自然界における野生のハムスター(ドワーフタイプ)に
は冬眠という習性はないが、冬眠に似た状態に落ち入ることがあるなったわけ
です。
その状態を説明するのに「冬眠」あるいは「疑似冬眠」ということばがまこと
にしっくりとしていたために、これが流布してしまったのです。
しかし、本態は低体温症なのです。低体温に入ってからの経過時間とその時に
残されている体力が、ハムスターの運命を左右しているのです。飼い主は、こ
のことを忘れてはならないでしょう。

「冬眠」あるいは「疑似冬眠」という言葉が、あまりにツボにはまった表現で
あったためにハムスターの体に何が起きているのかを覆い隠してしまった感が
あります。
便利な言葉ではありますが、彼等にとっては危険な誤解を招く言葉ですね。

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