研 究会に期待する

                                                      

          生き物をかわいがる心と現代の子どもたち

                        国立教育政策研究所次長 小田 豊
 
 ある幼稚園で、目の見えない猫に出会いました。大人が近づくと警戒心も無くジッとしているのですが、子どもたちが近づ くと急ぎ逃げて行きます。しかし、 十年近く園に住み着き、決して子どもたちを嫌っているわけではないとのことでした。では、なぜ子どもたちが近づくと逃げるのかと聴くと、先生方が、子ども が近づくと逃げるようにしつけたのだというのです。それも、大変な苦労を重ね、やっと最近になって分かってくれるようになりました、と。そのしつけに至っ たいきさつは、その猫が園にやってきた当初から子どもたちの人気は抜群で、当時は目も健在で保育中はもちろん、お帰りのひととき、帰宅後も園に再びやって きて仲良く一緒に遊ぶようになってきたことから始まったようです。

 当初は、子どもたちが自分のお弁当の残りを分けるだけだったようですが、時間が経つに連れて、子どもたちの猫に対する思いが強くなっていき、一緒になっ て遊ぶのはもちろん「もっと、たくさん食べてもらいたい!もっと、おいしいものを食べさせたい!」となり、中には自分のお弁当を全部差し出す子やお家から 高級な食材を持ってくる子も現れ始めたというのです。猫の方は、豊富な食べ物に満足以上の生活となり、ついには糖尿病に罹り目が見えなくなってしまったよ うです。こうした過程で、子どもたちにはお弁当の意味を考えさせたり、食事を適切にとらなければ病気になることを知らせ、折々に猫との付き合いを教え、猫 にはちょっとかわいそうに思ったのだがインシュリンを打ち続ける生活なので、子どもたちとの距離をしつけてきたのだということでした。
 昔から子どもたちは、生き物が大好きです。学校の帰りがけにどこからともなくついてきた子犬や子猫を家まで連れてきて、両親に内緒で飼おうとして叱られ ていたという話などは多くの子どもたちが経験してきました。お祭りの時、神社の境内で開いているヒヨコ売りの前からいつまでも離れられない子、カブト虫や クワガタ虫を近所の山で捕らえ大事に育てている子もいました。また、近所の池で見つけたオタマジャクシを取ってきて水槽で、蛙になる日を待ちあぐねている 子など、子どもたちは生き物を飼うことが大好きでした。

 遊びにしても、良いか悪いかは別として蛙のお尻に麦わらなどをストロー代わりに突っ込み蛙のおなかを思い切り膨らませたり、トンボにむりやり糸をくくり つけ飛ばして見たりもしました。こうして、かつての子どもたちは生き物とのかかわり合いの中で、喜んだり悲しんだり、感情を揺さぶられる経験を味わってい たのですが、現代の子どもたちは生き物との触れ合いはどうなっているのでしょうか。 デパートで買ったカブト虫が動かなくなったので電池を入れ替えて欲しいとか、クワガタ虫の羽が千切れたのでボンドでつけ直して欲しいなどと、かつての自然 の情景の中で生まれた触れ合いとは違った様相が現れてきているように思えます。

 先の猫の話しにしても、現代人の病気の代表にもなっている糖尿病が身近な生き物に反映した様相でした。こうしたことは、生き物だけでなく、現代の子ども にとっても不幸な出会いです。私たちは、最近の子どもたちの命の畏敬さに遠ざかった事件に触れるたび、様々なことを提起したりしていますが、「子どもたち は生き物が大好き」というフレーズを今一度真剣に考えなければならない時にきているのではないでしょうか。

                                    


            子 どもの健やかな成長と動物愛護社会の実現

                  文部 科学省初等中等教育局主任視学官 嶋野道弘
 
 全国学校飼育動物研究会が発足し、多くの方々の英知を集めた全国的な取組みができることを心から喜んでいます。この研究会は、子どもたちの心身ともに健 康な成長を願うとともに、動物を愛護し、動物の健康な飼育を推進することを願う人々の総意です。
この研究会が発足するまでには、相当の年月にわたって、使命感と熱意ある献身的な尽力がありました。そのことに、全国各地の思いや願いを同じにする多くの 人が賛同し、ここに研究会が発足したと承知しています。

 子どもたちが多くの時間を過ごす学校に動物がいるということは、これまで、ごく自然で当たり前のことでした。そこに一石が投じられ、各地に小さな波紋が 生 まれ、次第に大きな波紋となり、また、それらが連なって、この研究会の発足に至ったのでした。こうした経緯と、それを推進してきた人たちの志や努力を忘れ てはならないと思います。なぜなら、それがこの研究会の原点だと思うからです。また、時間はかかりますが、こうした取組みこそが社会を動かすことを実感し たからです。そして、こうした取組みを、この研究会の基本的な理念にしたいと思うからです。

 全国学校飼育動物研究会に期待します。その一つは、学校飼育動物はもとよりのこと、それにとどまらず、子どもと動物が共存できる社会づくりが進むことで す。学校でも、家庭や地域社会においても、子どもと動物との豊かなかかわり合いが見られる環境づくりを進めたいのです。
子どもの身近に動物のいる豊かな環境を持つ学校づくりは、学校の努力だけでは限界があって実現は難しいと思います。また、教育行政に依存するだけでは、本 当に根付いたものにはならないでしょう。学校や教育行政の責任と努力とともに、子どもの成長及び動物愛護と動物飼育についての教養ある成熟した地域社会の 支援が必要です。

 期待することの二つは、動物愛護と動物飼育に関する専門的な立場から、社会に寄与する確かな情報提供と指導・助言のできる研究会として発展することで す。 これからの社会では、人間と動物の間に様々な問題が起こるでしょう。それに付和雷同するのではなく、冷静に対処できる人や社会を育てていく必要がありま す。そのためには、専門的な知識に裏付けられた、信頼される確かな情報の提供が欠かせません。また、高い見識を持つ指導者による動物飼育に関する研修会な どの開催も必要です。既に、この研究会の会員を指導者にした研修会が数多く開かれるようになって大きな成果を挙げています。

 その三つは、子どもの成長にとって、動物とかかわる体験が重要であることを一層明らかにしていくことです。それは、すでに多くの人が経験的に認めるとこ ろ ですが、それを具体的、科学的に実証していくことができたらよいと思います。この研究会には、研究者、獣医師、教員、保護者、動物愛護のかかわる団体等 々、様々な分野の人が会員になっています。そうした特色を活かして、例えば、「子どもの成長・発達と動物」などについての研究が進むことを期待します。
全国学校飼育動物研究会は、21世紀に求められる[共存・共生]をキーワードにした社会づくりの象徴です。それを大いなる誇りにして発展していくことを 願っています。 
                  


                    研究会によせて

                        文部科 学省教科調査官 日置 光久

 「全国学校飼育動物研究会」の設立を、心よりお慶び申し上げます。
文部科学省では、[生きる力]の育成を目指し、「確かな学力」や「豊かな人間性」、たくましく生きるための「健康や体力」などを子どもたちが身に付けてい くことを大切にしています。そのために、問題解決的な学習とともに体験的な学習を重視しています。

 学校では、一般にウサギやチャボをはじめとして様々な動物を飼育しております。このような学校における動物の飼育活動は、すぐれた体験的な学習の場とし て の大きな可能性をもっていると思います。しかしながら、飼育動物は生活科等の一部の教科で扱われるものの、多くの教科等では直接の接点をもっておりませ ん。また、総合的な学習の時間の中で取り上げられることもありますが、そこでの取り上げ方や価値付けは必ずしも一貫したものではなく、体験的な学習対象と しての飼育動物のよさが十分発揮されていないことも多く見られるようです。

 このような状況の中で、「全国学校飼育動物研究会」が新しく立ち上げられたということは、まさに時節を得たものと思います。考えてみると、これまで同様 の 趣旨の研究団体がなかったことが不思議にさえ感じられます。学校で日々実践されている教育活動にとって飼育動物の新しい可能性がこれから研究され、その成 果が蓄積されていくことを期待しております。

 子どもは、直接ふれあうことができる動物が大好きです。嬉しい、楽しい感情の中で育まれるものがあります。また、自分と同じで生きているんだという共感 を持ちながら、自分と異なる特徴に気付くことにより、育まれるものがあります。

 そのような子どもの[生きる力]を、教師と獣医師を中心とした学際的な研究集団で、ぜひ伸ばしていっていただきたいと思っております。

 最後になりましたが、このような新しい研究組織を立ち上げるのは、関係者の並々ならぬご尽力があってのことだと思い、そのご努力に敬意を表します。本研 究が、ますます発展していくことをお祈り申し上げます。
                 (文部科学省教科調査官、国立教育政策研究所教育課程調査官) 


             全国学校飼育動 物研究会の発足に当たって

                     社団法人日本獣医師会会長 五十嵐幸男
 
   全国学校飼育動物研究会の発足、おめでとうございます。心からお慶び申しあげます。
近年、青少年の重大犯罪が多発し、心の荒廃が指摘される中で、幼少年期の心の健康をいかに維持していくかが教育関係者のみならず、国民的関心事となってお ります。
 このような中で、日本獣医師会は学校における動物飼育を介した教育が子供たちの心の成長に有効であることに着目し、平成10年、当時の文部省に対して 「学校における動物の飼育方法や健康管理について、動物の専門家である獣医師が適切に指導することにより、教員の方々が子供たちに動物を安心して飼育させ ることができるよう、獣医師の側からも支援したい。」旨を提言いたしました。

 これを受け、文部省の委託機関である日本初等理科教育研究会の答申「望ましい動物飼育のあり方」においては、学校における動物飼育について獣医師及び獣 医師会に相談することを奨励する内容が多く盛り込まれてこの分野における獣医師の協力に理解が示され、各地域の獣医師、獣医師会では様々な取り組みが始 まっております。

 現在、地域によっては、学校と獣医師の間に協力関係が築かれ、学校飼育動物を適正に飼養することによって子供たちと動物の間に良好な関係を築き、十分な 教育効果をあげている事例も増えてきていると聞いております。
 しかし、未だに獣医師の協力が得られていない地域においては、飼育担当の教員の方々は日々の教育活動に追われて、「何とかしなければ」という思いはあっ ても、飼育舎の動物にまで目が届かないのが現状であり、このような状況の中でも、子供たちは、病気にかかり、傷を負い、死亡する動物の世話をし続けていま す。本来、子供たちにとって大切な教材になるべき動物たちの生と死の営みが、逆に彼らの心を傷つけているとすれば、ぜひとも、改善しなければならないと考 えます。
 そのためには、教員と獣医師が互いの立場と気持ちを理解し、それぞれが持てる能力を結集し、相携えて子供たちの心の育成に有効な方策を検討、推進すると ともに、保護者の方々や行政も巻き込んで、学校の動物飼育支援のためのネットワークを構築する必要があります。
 その意味において、このたびの貴会の発足は時宜に適ったものであり、貴会の活動を通じて、関係者間における意見交換、さらに研究交流等が活発に行われ、 学校における適切な動物飼育を支援するための環境作りが推進されることを心から望むものであります。

 日本獣医師会では、現在、獣医師会における学校飼育動物対策のあり方について検討し、取りまとめの作業を行っているところですが、今さら申すまでもな く、教育現場である学校における当事者は先生方と子供たちであり、獣医師はそれをサポートする立場にあります。私ども獣医師は、決して教員の方々や子供た ちに一方的に負担を押し付けるのではなく、子供たちと動物の間に良好な関係を築くとともに、教員の方々の負担もできる限り軽減して差しあげたいという気持 ちで学校にアプローチして参ります。学校関係者の方々は、ぜひ、気軽に獣医師・獣医師会にご相談いただければと思います。

 最後に、貴会の今後一層のご発展、会員の皆様のご健勝を祈念して、私の挨拶といたします。

 
全国学校飼育動物研究会と子供たちの未来に向けて

                        日本小動物獣医師会会長 松林驍 之介
 
 日本小動物獣医師会は、北海道から沖縄まで全国各地で小動物動物病院を開業する獣医師約5000人が会員となって活動している国内最大の小動物獣医師の 団体で、『社会の中の獣医療』をモットーに、獣医師が如何に社会に貢献していくかを実践しており、その中でも、学校飼育動物事業は本会の大きな事業の一つ であります。

 本会は、飼育動物が子供たちに及ぼす有益さから、学校教育の中で動物の飼育を通じて子供たちが『心の教育』を体験学習することは大変効果的かつ重要なこ とだと考え、平成10年度から文部科学省の担当官や専門家の方々と共に全国各地を訪問し、獣医師、教職員、一般市民の方々を対象に「学校での動物飼育の意 義・獣医師が関与する意義・飼育の仕方」等々をテーマに講習会を開催し啓発活動を行って参りました。

 文部科学省は『心の教育』の一環として学校に小動物等を飼育することを提唱しています。これは、子供たちが動物と触れ合うことにより命の尊さ、弱者をい たわる心、世話をすることによる責任感、死の悲しみ等を体験し生命、倫理観を育む基礎を身につけてもらうためと説明されています。しかし、教育現場の実態 において、どう見ても動物虐待としか言いようのない現場の状況が、新聞、テレビ、雑誌等で報道されることもあり、これでは折角動物を飼育していても結果的 には命の粗末化につながり命の尊さを教えてくれるはずの動物飼育が、子供たちにとって逆効果の『心の教育』になってしまうのではないかと思っております。

  特に、今年1月に高病原性鳥インフルエンザが日本に発生したことにより、国内は大変なパニックになり風評被害もあいまって、教育現場で飼育されている動物 たちが子供たちの前から遠ざけられてしまう事態が大変多く見受けられました。動物たちの「お父さん」、「お母さん」、「仲間」であることを自覚している子 供たちにとって、その大事な動物たちが遠くに行ってしまったり、まして処分されたりすることがどのような大きな悲しみを与えるかを、周囲の大人は真剣に考 えなければなりません。子供たちの「からだ」の健康を心配するのは当然ですが、「こころ」の健康を軽んじるべきではなく、私たちは、教育関係者、保護者の 皆様方と共に、「学校における動物飼育」の意義を再度見つめなおしたいと思っております。

 今回、教育関係者と獣医師が手を取り合って動物介在教育の重要性を共通認識として全国学校飼育動物研究会が発足し、将来を担う子供たちのためのより良い 環境づくりを目指した活動を行うと共に研究会の会誌が発刊されますことは、小さな1歩ではありますが、全国の教育関係者や獣医師のみならず国民の皆様に とって大きな1歩として成長していくものと確信しております。
本会は、様々な生物の命をみつめ、育む職業である獣医師の団体として、将来の日本を背負う子供たちのために、全国学校飼育動物研究会の発展にご協力をさせ ていただくと共に今後も学校飼育動物問題に真剣に取り組んで参ります。

   
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