「可愛がってこそ、子どもの心を育てる動物たち」
 
全国学校飼育動物獣医師連絡協議会 主宰
日本小動物獣医師会学校飼育動物対策委員会 副委員長
                           中 川 美 穂 子
(動物の人への影響)
 最近、動物は人の血圧を下げたり、老人を元気付けたりするとマスコミが取り上げていますが、これは欧米で1984年以来開かれている人と動物の関係、影響を調べる学会「人と動物の絆・国際会議」で発表された研究結果です。この会議には精神科医、医師、心理学者、生理学者、教育者、看護婦、保母、獣医師、動物学者、犬の訓練士などが
*緊張で血圧が高い人が、子犬など愛らしい動物が傍に来ると直ぐに血圧が下がる。
*心筋梗塞患者の1年後の追跡調査では、配偶者または動物がいる人は、いない人の2倍も生存していた。
*アメリカの特別学級では子ども達に自分の好きな動物を選ばせ一緒に過ごさせるが、心の傷で言葉を失った少女が、自分の選んだ亀に言葉を掛けるようになり、やがてその亀を抱いている時には人と話せるようになった。
*アメリカの小児病棟には、訓練された犬が子どもに寄り添い、親から離されて不安定な子どもの気持を明るくし、病気に立ち向かう勇気を引き出している。
 などと報告しています。
 また動物の世話をして、その健康や感情に気を使いながら動物と親しくふれあう内に、子どもは自己の価値を見出す様になり、特に自己尊重の気持が乏しかった子が、自信を持ち他の子との関係も良くなるという研究も報告されています。
「ペットを永く飼っている児童は、表情や態度で相手の気持ちを理解できるので、友達から信頼されている」、「友達と取っ組み合いの喧嘩になったとき、ペットのいる子は相手の表情から「止めて!」という信号を受けとる事が出来るので、酷いいじめには発展しない。」、「ペットと暮らしている子供たちは、心に残る思い出をいっぱい書き出す事ができる(感受性が豊かに育っている)」、「可愛がっていたペットとの死別体験を持つ中学生は、自殺を否定的に捉えている」、との調査報告もされています。一方日本の学校では、「動物に会いたくて登校する」、「辛い事があるとクラスのウサギを抱いて元気になる」「動物の世話を通じて仲良くなる」などの子ども達の声が聞かれ、「教室にハムスターが一匹いるだけで雰囲気が柔らかくなり、子どもの気持ちがまとまりやすくなる」との先生方の話しを聞きます。」
参照 (心の成長を助ける教室のペットたち
       

  なお、最近アメリカのFBI(連邦犯罪調査局)は、残酷な犯罪を繰り返す犯罪者の75%は、少年期から青年期に「小さな無抵抗の動物に残酷な行為を行っていた経歴がある」と、報告しています。身近な動物の存在が子どもの心の安定に役立つだけでなく、その子の心の傷を示す指標にもなるのです。その子が動物をどのように扱うかで、その心のストレスを早期に発見出来るほど、動物は直接子どもの心に深く働きかけているのです。
参照 (少年犯罪と動物虐待)
http://www.corcocu.co.jp/CCONA/ 10月21日シンポジウム

(学校での飼育の必要性)
 前項のような報告を待つまでもなく、動物の子どもへの効果は言うまでもありません。子どもにとって知育、体育の向上は勿論大事ですが、なによりそれを司る心が健全に育つ事が重要です。幼少期、子どもは自分を世界の中心と認識していますが、やがて自分も世界の一部だと知るのが成長だとの考えもあります。庇護されるだけの幼児に、最初に他との関わりを教えるのは、とても興味を惹くのに「勝手に動き、自分の思い通りにはならないもの」動物です。子どもには様々な体験の中に、忘れずに動物体験を与える必要があります。動物先進国の欧米では、ペットは子どもの相談相手であり、子どもに社会を教えるのに役立つ、と捉えられています。そして、子どもも動物も親である大人がしつけ、社会化するものと考えられています。
 しかし、現在の日本では住宅事情や、家庭の力が弱まったこともあり、子どものために動物を飼う家庭が少なくなりました。そのために文部省も生活科の体験授業の中に動物飼育を組み込みました。現在では全国の殆どの学校で動物が飼育されています。新学習指導要領では、心の教育が重要視されており、ますます学校飼育動物の必要性が増しています。

(学校飼育の問題)
 現在、群馬大学の教育学部では「飼育と動物とのふれあい」講座(年間16単位)を設け群馬県獣医師会から講師を招いています。しかしこれは理想的な事で、先生方は一度も専門的に獣医師の指導を受けずに幼児、小、中学校の教育に関わるのが普通です。また動物体験を持たない先生も多いのです。結果、学校では、あまりに動物を知らない先生が飼育にかかわらざるを得ず、先生方の努力にもかかわらず様々な問題が生じます。中には残酷とも言える飼育が子供たちの心を損なう現状がみられます。「ウサギを可愛がろうね」と子どもに話している先生が、実はウサギに触われない、とか、飼育動物が餓死しても、反省も悼みも子どもに伝えず直ぐに新しいのを補充するなど、動物を知っているものからすれば、考えられない飼育が行われることがあります。これは、学校は今まで飼育動物を単なる教材として扱ってきており、駄目になれば新しく補充する、との考えから起こった事です。
 このような状態に、動物好きの子供たちは、動物を大事に扱わない先生方を深く恨んでしまうか、又は動物を知らない子供たちは、動物とはこの程度に扱えば良いのだ思いこみ、物言えぬものへの思いやりの気持ちを育てられないまま大人になってしまうことが心配されています。

(学校での飼育のありかた)
 学校の動物は第1に子どもに命と愛情を教え、他への共感と思いやりを養うなど人としての土台を作るために存在しています。理科観察飼育とは別の意味があります。この土台を持てないまま、科学的興味を追求する事になれば恐ろしい事になります。「人の身体の中を見たかった。」など、最近見られる殺人の理由からも想像できるでしょう。人の土台作りは家庭教育の領域ですが、前述のように現在これが困難になってきており、学校で行わざるを得ません。問題のある家庭では、もとより子どものために動物を飼育するなどの考えはありません。
 ところで、子どもに動物飼育の良い影響を受けさせ、子どもの心を情愛豊かに育てるには、まず先生が動物を可愛がり、愛情を教えなければなりません。そのためには、先生の負担を軽くし、動物を可愛いいと思うゆとりをつくる事が必要になります。学校では色々な動物を子どもに見せるために揃えるのではなく、世話の簡単な動物を少数だけ丁寧に飼えば良いのです。そうすればゆとりが出来るでしょう。理科的な興味や家畜体験などは折りにふれ、動物園やその他の施設利用を考えれば良いでしょう。
 
(獣医師会による学校飼育支援体制)
 子どもの専門家である先生方が不得手の飼育を丁寧に行い、子どもにより多くの良い影響を得させるには、どうしても地域の支援、専門家の支援が必要です。文部省もその必要性を認め、昨年、新学習指導要領の解説書生活科編に「飼育に際し、地域獣医師との連携が必要」と明記しました。平成12年8月現在、全国で地域獣医師と連携して飼育支援体制を採っている県、政令都市は群馬県や千葉市、福岡市など17を数え、関わる市町村自治体は100を上回ります。また、「学校獣医師制度」を条例で定めた市町村や、臨時職員として公務員待遇の学校獣医師制度を平成13年度から始める市も報告されています。
 獣医師は、人と動物の関係をよくわかっており、技術も知識もある専門家です。学校で、獣医師は動物の飼育法や衛生管理法の指導の他、希望があれば子ども達に講話をしたり、ゲストティーチャ‐方式で授業の手伝いをして動物と子どものふれあいを助けています。連携地域の教師は、子どもと一緒に獣医師と交流した結果、安心して飼育に関わり動物を楽しむゆとりが出てきています。可愛くなった動物が死ねば、子ども達は先生と一緒に心から泣く事が出来ます。治療や、子どもと動物のふれあいを担当した学校獣医師は、先生と相談の上、子ども達に死因、動物の話、死の考え方についてもお話をする事があります。結果、子ども達が書いた、動物の死を受けとめる作文や、礼状を沢山受取る事例が多く報告されています。これらの手紙を見ると、どの子も一生懸命な字で書いてありまさしく動物が子どもの心を深い所から耕しているのがよく解ります。しかし、自分たちが世話をするからこそ生きている可愛い動物だと子どもが認識をしているから、このような効果が見られるのであって、休みの時には引き取り、都合で動物を取替えてくれるレンタル飼育では到底期待でき無いものです。
 なお、子どもに与える影響の大きさを考えれば、より身近な教室で世話の簡単な小さな哺乳類を少数だけ丁寧に飼う方が効果的です。筑波大学付属小学校の森田学級で、2年生のときから4匹のモルモットを飼い始め、もう直ぐ2年になります。10人の班に1匹を抱えるこの子達にモルモットについて嬉しい事はなに?と問うと「元気で良く食べ、言いうんちをする事」と答えます。抱いて嬉しいとか、かわいいとかの段階は毎日世話をする内につきぬけて、みな親のような気持になっているのです。休日には、可愛さゆえに放っておけず、交替で家に持ち帰ります。森田和良先生は、動物を導入する以前から獣医師と相談しており、初めて動物を搬入した父母参観日に獣医師に動物が人に与える影響、飼育の意義を話して貰いました。そのため家庭の協力も困難ではありませんでした。2ヶ月に1回の当番で連れかえる時「家では自分だけのペットになる」と子ども達は言います。その後、犬や猫、小さな哺乳類を飼いだした家庭もいくつか出てきています。親御さんも、愛情をもって動物に接する意味を理解し、子どものために動物を飼う面倒を引き受ける気持になれたのです。先生によれば、動物を飼い始めてから子ども達はわがままではなくなったとのことです。「糞尿の世話は嫌だけど、動物は可愛いい」との葛藤をへて、いままで大人に庇護されるだけであった彼等が「物言えぬものの気持を察する事」を覚え、やさしく謙虚になったといいます。ある時、授業中に友達が嘔吐した事がありましたが、その子の気持を考えて、誰も「汚い」と言わなかったそうです。森田先生は「教育とは夢を買うこと」とお話になりますが、この子達になら未来を托す事が出来るでしょう。
 森田先生も以前は水生動物しか飼育した事が無かったそうですが、獣医師と付き合う内に教育を考えてモルモットを飼いました。獣医師がより簡単な飼育法をつたえ、常に相談を受けますので、先生もモルモットを可愛く思えるようになったそうです。今、子ども達は先生に「飼ってくれてありがとう」と素直にお礼を言います。

 私達、子どもを持つ獣医師としては、このような「動物を子どもの身近に置き、健全な心の成長を促す愛情を伴う飼育」が地域獣医師の支援を受け、またみな様のご理解を得て、1日も早く全国の学校に広がり、全ての子どもと動物が幸せな関わりをもてるように、そして酷いいじめなど出来ない子ども達が大勢育つ事を願うものです。