意見交換掲示板過去発言No.0000-201601-114
Re3:大切な物ほど目に見えないし、重要な事程ネットなんかで簡単に答えて欲しくないです |
投稿日 2016年10月25日(火)17時58分 投稿者 プロキオン
>命の重さは同じなのに人間至上主義でペットか実験動物か食料かを他の動物 が同じ動物である人間に振り分けられている事に非常に怒りを覚えながら、そ の事実にくさいものに蓋をしたがる日本人の慇懃無礼さにも非常に腹が立ちな がら ここで釜澤さんは大きな勘違いをなさっています。死者を生き返らせる事は人 間にできることでもありませんし、為すべきことでもありません。それゆえに 命は尊いのです。 けれども、命の重さは等しくはありません。 一般の方でも、蝿・蚊・ゴキブリ等の命を人間と同じに扱うわけにはいかない と理解しています。牛・豚・鶏・犬・猫とも比べようがありません。動物では ない植物でも命はありますよね。 アロワナを飼育していれば、餌金呼ばれる小赤が必要でしょうし、ヘビの飼 育であれば冷凍マウスのお世話になっているはずです。クラゲにだってメタ ノープリウスやユスリカの幼虫を育てて餌としているでしょ。趣味で飼育し ているこれらの動物でさえ、飼い主は別の生き物を餌として与えています。 これは、厳然として命の重さに違いが存在していることを示しています。 獣医師なら、動物だけでなく、飼い主も相手にしなくてはなりませんから、当 然のことながら、命の重さに相違があることを承知していないとなりません。 家畜は人間の食用となりますが、その事で農家を責めることはできませんし、 してはならない事です。自らの手を血で染めることがない人間にその資格を認 めるわけにはいきません。まして、絶食して生き続けることの可能な人間は存 在していません。 「鋼の錬金術師」の作者の荒川弘さんのマンガ大賞を受賞した作品に「銀の匙 」があります。実家は北海道の酪農家みたいです。 その中で馬の飼い主の台詞があります。馬の気持ちが分かるなんて、学生のファ ンタジーだと笑い飛ばしておいて後の場面で、 「家畜とかそういうのに生まれてしまったばっかりに、情け無用の生か死かの 二択人生に放り込まれる奴もいれば…、競争社会の中でろくな成績は残せなく ても、愛されて最後まで大切にされる奴もいる。 人間の気持ち一つで一生を左右されるんだものなぁ。馬の気持ちが完璧に分か ったら、俺ら気がおかしくなるかもしれん。」 同じく「銀の匙」の中で、 「獣医になる夢を叶えるのに必要なものってなんですか?」という主人公の問 いに競馬場の獣医さんの答え。 「殺(や)れるかどうか。特に経済動物を相手にしてる家畜獣医なんて、しょ っちゅう命の選択をせまられるしね。 獣医になる夢を持って農大に入って、その選択を迫られた時に「やっぱりだめ だ」ってなる人はやっぱりいるよ。 だからと言って、獣医になるのをあきらめた人がダメってことは無い。世の中はそう いう「殺せない、殺させたくない」って頑張っている人がいるから助かる命もあるん だ」 荒川さんってやさしいですよね。適性の問題と人間性の問題をちゃんと区別しておられ ます。 そう殺したくないからと獣医師を諦めた人間は駄目ではないんです。そこを責めるとこ ろではないのです。獣医師になるのに、手を汚すことを嫌って声だかに口にすることの 方です。獣医師を目指す以上はみなやさしい気持ちをもっています。解剖を躊躇うのは ひとしく皆同じ気持ちなのです。それは当たり前のことなのです。 そこで自分1人だけがやさしい気持ちでいるかのように振舞うことが、すでにやさしい とは言えないし、どうなのかということなのです。 黙って呑み込んで、命の重さを確実に背負っていってほしいということです。 NHKで放映されていた学生さんは、「治療されるのも犬、実験されるのも犬。そこ にある違いは何なのだろう?」と話していました。その答えは至極簡単なものです。 それって、なんだか分かりますか? ちくやまきよしさんの「獣医ドリトル」の中にも、十姉妹を飼育している小学生が 繁殖して増えた小鳥達の引き取り先に困っていたところを、なんども引き取って くれる人に出会います。小学生はきっとやさしい人なんだろうと考えていましたが ある時、その人を訪ねてみると、なんと彼の十姉妹はフクロウの生餌にされていた のでした。フクロウを育てていた大学生は、巣から落ちた雛を育て野生に復帰させ るために生餌を必要としていたのですが、その事情が小学生に伝わっていなかった のです。 泣いて抗議する小学生にドリトル先生は、言います。餌となってしまう動物とそう でない動物との違いは何だ? お前なら分かるはずだ、考えろと。彼は答えに気が つき自分に出来る事を考え始めます。 NHKの獣医学生も答えに行き着いたでしょうか? どちらも同じ答えになりま す。小鳥を育て増やすのも「やさしさ」であり、その小鳥を餌にしてフクロウを 育て野生にかえすのも「やさしさ」です。解剖をしたくないのも「やさしさ」か もしれません、でも、これらの「やさしさ」は同じものではありません。各々に とって対象が違っており、その対象の命の重さが異なるからです。 獣医師であれば、それぞれの「やさしさ」とそれぞれの「命の重さ」に向き合う ことになります。そこは一まとめにはできません。 一般の方であれば、「ああ、やさしい獣医さんなんだ」受け取ってもらえること も経験を積み重ねてきているあれば獣医師であれば、言葉に重みがないと感じ てしまいますし、大丈夫かなと心配したりします。 死ぬまで答えを求めていくも、背負っていくも私がすでに他の方の投稿に書い ていることです。このあたりの事を口にされますと、私は批判されているのか 尊敬されているのか分からなくなります。 ぜひ、波多野さんのレスはお読みいただきたいです。 「ですから、その教育課程で、殺処分を必須とすることは、単なる技術・知識 習得のためという以上の意義があります。覚悟の足りない候補者をふるい落と すという意味が」この箇所はひっかかるかもしれませんが、波多野さんの書か れたレスこそ、私がいたずらに言葉を重ねるよりも余程的を射ているかもしれ ませんね。 私も現実にもとづいて正論を述べたつもりなのですが、屁理屈屁理屈と重ねて 言われますと、なるほど、それだけ胸に刺さったのであろうと思っています。 どうしても、一言言わずにはいられないほどにはね。 でも、リンク先のレスを見ていただければ、私が一番甘いことを言っているか らなのかもしれませんが。
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